父に背中を押されたあの晩

 

北京に視察に行って1年が経ちました。

出発のときです。

 

2002年の7月末で職場を辞め9月5日に出発したのですが、その間のほぼ1か月は毎日アポが入りおかげさまで送別会の連続でした。

本当に感謝です。

 

1年前に北京に行くよと両親に宣言しながらも、お互い本当に行くのかなと模索した1年ではありました。

やはり、両親を日本に置いていくというのは、自分の将来ややりたいことを考えれば海外に出るしか選択肢が無かったのですが、それでも、決断しきれていませんでした。

 

そんな悶々とした日々を過ごしていたのですが、ある日、父が少し酔いながら

一度きりのお前の人生なのだから行きたいのなら行きなさい

と言ってくれました。

 

そして、

この家はお前の家なのだから失敗したら遠慮せず戻ってくれば良いんだから

と。

 

姉が既に香港に行き、息子まで海外に行くというのは耐えがたがったと思いますが、決断しきれない私の姿を見て、父から切り出してくれたのだろうと思います。

 

以前、父を尊敬していると書きましたが、あのときそのように言ってくれなかったら、やはり決断できなかったのではないかなと思います。

私にとって本当に尊敬すべき偉大な父です。

 

海外に出ることの本当の意味とは・・・

 

日本でもグローバル化が叫ばれ、外国語の習得の重要性はいわれています。

 

しかし、実際に海外に出られる人は限られていると思います。

私自身も含め既に社会に出ている世代が、海外に出るということは実は大変なことかもしれません。

 

でも、自分たちの子供の世代には間違いなく海外に出ることに躊躇しては、世界から取り残されてしまう時代になるでしょう。

それは、日本という国を考えた時にも非常にマイナスでしかないと思います。

 

海外に出ることが全ての人に良いというわけではありません。

海外に出ることに躊躇してしまう、自分とは関係ない世界だと思い選択肢から除外してしまう。

 

このことが、日本人の未来、日本国の未来にとって非常にマイナスだと思います。

 

海外には国境を気にせず自由に動き回る人たちがたくさんいます。

ビジネスだけでなく、教育のためでも、リタイアメント後の生活でも、さまざまな海外の活用をしています。

 

日本人が海外を活用することによって人生の選択肢を広げること。

国境を意識しない生き方をお伝えすること。

 

このお手伝いができればと思います。

 

私の父が決断の後押しをしてくれたのですが、私の存在が皆さんの決断の後押しをするような存在になれればと思っています。

 

「国際自由人シリーズ【なぜ海外移住したのか】」を最初から読みたい方はこちら

【なぜ海外移住したのか】01ー小林克也氏との出会いで世界を知る

 

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