イギリスから中国に返還される香港の未来

 

アメリカに行った1989年当時は、中国は私にとって特別大きな存在ではありませんでした。

天安門事件があり、香港がクローズアップされ、どちらかというと香港への興味の方が強かったです。

 

しかし、香港も私には非常に遠い存在で、中国になってしまうなんて他人事のように大変だなあと思っていました。

でも、何度も言いますが、自分はもう海外に行かないと思っていましたので、一般的な興味程度でした。

 

引き続き中華街には通っていましたので、中華街の人たちの話を聞く機会は多かったかもしれません。

そこで、一口に華僑といっても出身地によって区別があること。

また、台湾系や香港系、大陸系がいること。

どうやら日本で身近な華僑というと台湾系が多そうだということ。

中華街の中のお店で売っているお茶や食品は台湾製が多そうなこと。

そういえば、台湾は日本が統治していた時代があったこと。

などなどの知識はついてきました。

 

そして、CDなども売られていましたが、香港が中華系の芸能界の中心で大陸の人たちがデビューするには、香港で使われている広東語を勉強して、広東語のCDを出していたりすること。

香港は香港で台湾の市場向けに北京語のCDを出していたりすること。

香港がイギリスであることによって非常に自由があり、中華系の経済の中心になっていることも知るようになりました。

 

すると、香港が返還された場合にはどのような勢力図になるのか非常に興味が湧いてきました。

香港の空洞化???

たくさんの香港人が中国への返還を恐れ、移住をしているわけです。

 

となると、香港の国際的地位は下がっていくでしょう。大きくパワーバランスが崩れていくことが予想されます。

香港が中国を飲み込むのか、香港が中国化していくのかという論議もありました。

 

よく考えれば、人口600万人しかいない地域が10億人以上いる国をコントロールできるはずは無いでしょう。

でも、当時は香港が中国を飲み込んでいくのではないかとの見方も結構多数派でした。

自分もそう信じていた一人でした。。。

 

マレーシアの隣国、シンガポールを知る

 

なんとなく海外への興味が中国や香港、アジアに向き始めていきました。

そんな中、友人の家にマレーシア人がホームステイでやってきていて、当時は、マレーシアって全くイメージもわかず、言葉は悪いですが後進国と言いますか、決して新興国というイメージではなく。。。

今考えると恥ずかしい考え方なのですが。

 

そのマレーシア人と接してカルチャーショックを受けました。

なんとなく英語ができると先進国の人というか、すごい人という感覚が漠然とありました。

 

しかし、後進国であるはずのマレーシア人が英語はペラペラ。中国語もペラペラ。

彼女を通して、どうやらアジア人は英語は普通に操れて、北京語というのは世界の華僑の共通語らしいということがわかりました。

となると、広東語圏の香港が中国を飲み込むことが果たしてできるのか。

 

どうやら、マレーシアの隣にシンガポールという国があるという。

ここは、国の政策で中華系の国でありながら徹底的に英語教育を進め、国際的に通用する国になろうとしているということを知りました。

香港も英語が通じるらしいということは知っていましたが、広東語圏。

 

一方、シンガポールは北京語圏。

もしかしたら、ここに大きな差が生まれるのかもしれない!?と感じたのはこの頃です。

 

「国際自由人シリーズ【なぜ海外移住したのか】」を最初から読みたい方はこちら

【なぜ海外移住したのか】01ー小林克也氏との出会いで世界を知る

 

Pocket