自分自身が今の環境を作っている

 

海外に興味を持ちながらも英語の授業に身が入らない状況が続きました。

そうすると、全てのことに集中ができなくなり、より模範的な生徒から遠くへ遠くへと進んでいきました。

 

「竜馬がゆく」を何度も読み返し、既存の制度を否定し新しい社会を作っていく姿を、学校への否定というものに形を変え自分の中で表現するようになり。。。

まぁ、間違った方向に行っていました。

 

授業には積極的に参加しないのに、成績はおかげさまでクラスでも1、2番をキープしていたので、先生としては本当に扱いづらい生徒でした。

 

ほとんどの先生に、見捨てられているというか、勝手にやってくれという感じでしたね。

自分が悪いのですが、そうなるとますます悪い方向に進んでいきます。

 

そんな日々を過ごしている中で、ある先生に職員室に呼ばれました。

いつもの指導かなと思っていましたが、今回はどうも様子が違いました。

 

「君は、普段一緒に過ごしているグループとは人種が違うのだよ」とのことでした。

「勉強についていけなくて学校がつまらなくなり素行が悪くなる生徒はいる。家庭環境が良くなく生活が乱れる生徒もいる。しかし、君は、何も不自由なことはない。自分自身が今の環境を作っているのではないか」と。

 

自分を見つめ直すきっかけとなった出来事でした。

今でもこの先生には感謝をしています。

 

この先生とは後日談があり、高校で生徒会長をやったのですが、高校の学校案内を母校の中学校に持っていくことになりました。

 

そして、正直、嫌々ながら中学校に行ったのですが、その先生が職員室にいて私が生徒会長になったことを非常に喜んでくれ、職員室中に響く声で

「藤村君が生徒会長で戻ってきましたよ!」

と言ってくれました。

しかし、他の先生は特に反応もなく、声をかけてくれた先生もいませんでした。

 

恩師の言葉の重み

 

さて、今でもそうですが昔から他人と自分を比較するという行為はほとんどしたことありませんでした。

他人がどうだからとか、自分の方がどうだからとか考えたことはほとんどありません。

常に自分にとって何が必要か、何を欲しているのかという基準で行動しています。

 

ですので、今の自分を一緒に過ごしている仲間と比較したりもしたこともありませんでした。

人種が違うということも考えたことがありませんでした。

 

先生のメッセージというのは自分の何かを変えました。

自分が特別だという意識になったということではなく、皆と一緒に行動することが、自分が本当に欲している姿なのかということを考えるようになっていきました。

 

かといって、急に模範的な生徒に変われるわけもないですが、少なくともそれ以上悪い方向に進むということはありませんでした。

ただ、ようやく何かを感じた頃は既に高校受験が近づいており、内申書の中身が良くなるわけもなく、学区外の私立校に通うことになりました。

この高校で海外に気持ちが向かう先生と出会うことになります。

 

「国際自由人シリーズ【なぜ海外移住したのか】」を最初から読みたい方はこちら

【なぜ海外移住したのか】01ー小林克也氏との出会いで世界を知る

 

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