とりあえず「すいません」と言う日本人

 

グローバル人材になるために英語が必須であると考える風潮があります。

英語教育は一大産業になっていますし、とにかく海外に出るには英語を学ばなくてはいけないと考えているのではないでしょうか。

 

私は2002年から日本を離れ海外で生活していますが、英語が話せないと海外に出れないと感じたことはあまりありません。

海外で生活していると驚くほど英語力が高い日本人に出会うことはありますが、必ずしも海外生活を楽しんでいるわけではなさそうな方もいます。

 

英語が話せれば海外生活は楽しいはずだと思いますよね?

でも、実際にはそうでないのですね。

 

逆に英語力が乏しいのに、思いっきり海外生活を楽しんでいる方もいるのです。

両者の違いはどこにあるのでしょうか?

 

これは、海外における異文化コミニュケーション能力によるものなのですね。

どんなに英語が話せても、なぜ相手がそのようなことを言ってくるのか理解ができないとストレスもたまりますね。

 

相互理解ができないとコミニュケーションは成り立ちません。

 

よく言われるのが「すいません」という言葉の使い方の違いです。

日本人は何かあると、とりあえず「すいません」と言います。

 

何かあったなと感じると、全く状況を把握する前から

「すいません、どうしましたか?」

とか、

「すいません、何かありましたか?」

と聞きますね。

 

クレームを受けたときには、「すいません」という言葉から入るのではないでしょうか。

しかし、「すいません」という言葉は謝罪ではない言葉ではないかと外国人は取るというのです。

 

外国人は本当に悪いと思わなければ謝罪しません。

悪いと思っても謝罪しない場合も少なくありません。

自分の正当性を主張し続ける人もいます。

 

これらの行動に対して「とりあえず謝れ」と怒る日本人がいますが、相手からすれば謝罪の言葉を言わなければいけないと考えていないので、お互いの主張は平行線です。

 

これは、お互いがお互いの文化を理解していないから起こる悲劇です。

とんでもないと怒るのではなく、文化が違うというだけなのですね。

 

英語ではなくコミュニケーション能力を身につけること

 

これは日本人同士でも経験ありませんか?

 

「なんでわかってくれないのだろう」

とか

「自分の正当性ばかり主張する」

とか。

 

実は異文化コミニュケーション能力というのは、外国人に対してだけではなく、日本人同士でも必要とされる能力なのですよね。

相手が何を考えているのかを察知できる人は、英語ができようができまいが、現地の言葉ができようができまいが、コミニュケーションに困ることはありません。

 

言葉自体は通訳もいますし、辞書もありますし、スマートフォンの翻訳アプリなどもあります。

 

言葉自体の理解が必要なのではなく、

相手が何を言いたいのかを把握する能力がグローバル人材には必要

なのだと思います。

 

グローバルというと外国をイメージしますが、異なる文化を持つ人と上手にコミニュケーションを取れるかどうかが大切なのです。

人はそれぞれ違う文化を持っていますから、国籍は関係なく他人とのコミニュケーション能力を磨くことがグローバル人材になるための近道だと思います。

 

ただ、日本に住んでいると、理解しやすい人と行動することを自然と選択できているので、あまり気にならないだけなのですよね。

海外に出ると異文化だらけですから、そのコミニュケーション能力が非常に必要になってくるのです。

 

ですので、海外に出て異文化を感じやすい環境に身を置くと、異文化コミニュケーション能力は高まっていくのではないかなと思います。

 

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